ユーザーインタビュー05

User

Interview

確かなデータが「真実」にたどり着く

名古屋大学大学院生命農学研究科
応用生命科学専攻

北 将樹 教授

静かに眠る「宝物」を見つけ出す

私の研究の原動力は、「新しい化学物質を見つけたい」という探究心です。自然界に眠る未知の物質は、人類にとっての「宝物」だと考えています。かつて私は、キューバの山奥で自炊生活を送りながら、モグラの仲間であるソレノドンを捕獲し、その毒を調べたこともありました。効率や生産性が叫ばれる現代においても、自然界という広大なライブラリの中から、あえて誰も手をつけていない「珍しい」物質に挑戦しています。研究の基盤にあるのは、「天然物化学」です。未知の化学物質を単離(一般的には聞き慣れない文言です)し、その構造を決定し、機能を解き明かす学問です。「なぜがん細胞の増殖を抑えるのか」「なぜ鎮痛作用をもたらすのか」―。分子の振る舞いを解き明かすことで、生理活性の本質に迫ることを目指しています。

25年間追い続けてきたのが、毒を持つ哺乳類・トガリネズミです。哺乳類で毒を持つ種はごくわずかで、トガリネズミはその一です。餌を捕らえる際に用いる麻痺毒を解析する過程で、その構造がヒトの脳に含まれる物質「シンエンケファリン」と酷似していることが分かりました。さらに解析を進めた結果、シンエンケファリンの一部(hSYN)が、ヒトの神経の働きに重要なT型カルシウムチャネルを活性化することを見出しました。T型カルシウムチャネルは、神経細胞の活動のオン・オフのスイッチの役割を担い、てんかんなどの過剰な神経興奮にも関与しています。一方で、hSYN自体はトガリネズミ毒のような麻痺作用を示しません。この発見は、神経活動の分子メカニズム解明に新たな視点を与えるものであり、神経疾患の治療法開発につながると期待されます。

ゼロからの再構築

しかし、トガリネズミ毒の解明にいたる道のりは平坦ではありませんでした。最初の数年で物質の候補には到達していたものの、アミノ酸配列の完全な証明には20年を要しました。転機は5年前、博士課程の学生と研究を進める中で、長年正しいと信じていた構造が、わずかに誤っていることが判明したのです。生体分子を解析するマトリックス支援レーザー脱離イオン化法 (MALDI)という質量分析法は、感度は高いものの、わずかな誤差が生じ得ます。例えば「トリプトファン」と「グリシン+グルタミン酸」は整数質量では区別がつきません。天然由来の毒は微量しか得られないため解析が難しく、この「見えない差」が長年の行き詰まりの原因でした。

自分の間違いを認め、ゼロから組み直す ― これは研究者にとって最も苦しい決断です。突破口を開いたのは、二人の優秀な学生でした。ペプチド毒特有の複雑な「S-S結合」を正確に形成させる条件を見いだし、50数個のアミノ酸が連なる分子を一つずつ検証して行きました。まるで複雑なジグソーパズルを完成させるかのような作業でした。この成果を支えたのは、名古屋大学の「機器共用化」の体制です。化学、生物学、医学などさまざまな学問分野が交差する現代において、単独の研究室で研究成果を完結することは困難です。専門技術を持つスタッフの支援と、高度な分析機器を自在に使える環境があったからこそ、20年越しの難題を乗り越えることができました。

研究を支える技術職員の専門性

こうした学生や研究者の挑戦を支え続けているのが、技術職員の皆さんです。その専門的な支援は、日々の研究活動のあらゆる局面で重要な役割を果たしています。
質量分析(MS)の実務を一手に担う小川直也さんは、民間企業での実務経験を経て「質量分析経験者」として採用されたスペシャリストです。小川さんの真骨頂は、物質を数値化し、「見える化」する力にあります。「何があるのか分からない」状態からスタートする私の研究において、小川さんの担う「ノンターゲット解析」は極めて重要です。特定の成分を狙い撃ちにするのではなく、全体を網羅的に測定し、ピークの現れ方から「何が含まれているか」を推測していきます。かつて、トガリネズミから動物では初となる植物由来のアロマ成分(匂い物質)を特定した際も、小川さんがGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析法)などを通じてデータを整理・解析したことが起点となりました。期待通りの結果が得られない場面でも、さまざまな手法を提案できる知見は、解析の質を根本から支えています。AIでは捉えきれないデータの「特異点」を見抜く小川さんの目利きこそが、未知の物質に意味を与えているのです。

技術伝承がデータの精度を高める

物質の「形(立体構造)」を確定させるNMR(核磁気共鳴)においては、沢田義治さんの存在が不可欠です。沢田さんは私と同じ「天然物化学」の分野で博士号を取得されており、構造決定の難しさと醍醐味を誰よりも理解しているパートナーです。沢田さんは、装置の維持・管理にとどまらず、学生への徹底した「現場指導」や、測定・解析に関するコンサルティングにも力を入れています。装置のオートメーション化が進んだ現在でも、実験が失敗することは決して珍しくありません。沢田さんは学生の隣に立ち、「なぜここで失敗するのか」「どうすれば最適なスペクトルが得られるのか」を共に考えながら、装置の設定や測定条件・手法の工夫を丁寧に伝えています。教授である私が多忙で学生のすべてのデータを確認できない場面でも、学生が主体的に沢田さんと議論し、解決策を見出していく。この日常的な技術伝承こそが、研究室全体の構造解析の精度を飛躍的に高めています。このように、小川さんの「成分を特定する目利き」と、沢田さんの「構造を確定させる技術指導」という両輪があるからこそ、私たちの天然物化学の研究は、論理的な正解へとたどり着くことができるのです。

研究環境と技術を戦略的にマネジメント

これらの現場活動が組織として機能するための「場」を戦略的に整備し、維持しているのが高濱謙太朗さんです。高濱さんの役割は、個別の解析支援にとどまりません。研究費委員会を取りまとめや、次世代装置導入のための予算要求などを通じて、学内のコアファシリティ化を主導してきました。かつてのように各研究室が装置を自前で抱える時代は終わりつつあります。予算や修理費の問題から、貴重な装置が十分に維持・活用されないリスクがある中で、高濱さんはそれらを「大学の共有財産」として集約し、最適な状態で稼働させるためのルールとシステムを推進しようとしています。特筆すべきは、単に環境を整えるだけでなく、その技術を「パッケージ」として学内外に提供している点です。

高濱さんのマネジメントにより、自前の解析スキルを持たなかった研究室でも高度な分析を活用できるようになり、新たな共同研究や論文発表につながる事例も数多く生まれています。専門技術を「誰もが使えるソリューション」へと昇華させること。それこそが、大学の研究機能を持続的に発展させる基盤となっています。

技術職員と学生が議論し合う環境を

一方で、大学の本質は利益の追求ではなく、次世代を担う「人材育成」にあります。現在の大学には、かつて私たちが経験したことのないほど恵まれた設備環境が整っていますが、指示されたことだけをこなす学生を育てても意味がありません。自ら立案し、現場で悪戦苦闘し、問題解決までをやり遂げる「タフな人材」を育てるためには、学生が試行錯誤できる環境をどう整えるかが重要です。学生が技術職員の皆さんと議論し、「どうすれば最も精度の高いデータが得られるのか」を突き詰める。その過程で教員も巻き込み、共にクリエイティブな成果を目指していく。こうした密接な連携こそが、理想的な教育の姿だと考えています。専門職としての誇りを持つ技術職員の皆さんと、熱意ある学生が対等に語り合える環境を維持すること。それこそが、これからの時代を生き抜く研究力を育む、唯一無二の基盤になると確信しています。

Technical Staff

設備・機器共用推進室

高濱 謙太朗 室長・技師 博士(理学)

技術職員は、単なる機器のオペレーターではなく、学部や学域の垣根を超え、研究者と共に歩むパートナーです。名古屋大学の強みは、理工系部局で先行していた「機器共用」の文化にあります。そこで、施設を集約して研究環境を提供することで、リソースの最大化を図れると考えます。また、分析スキルを持たない研究室に技術を提供し、それを学生らの「新たな武器」として定着させることも一つの支援です。研究は教員だけのものではなく、大学全体のミッションであり、融合研究に対応するためにも技術職員の教育と環境整備を急ぐ必要があります。教員と職員が手を取り合い、日本の研究力を向上させていきたいです。

分析・物質技術支援室 組成分析・構造解析技術グループ

沢田 義治 グループ長・技師 博士(農学)

混沌としたサンプルから、特定のピークを「意味のある数値」として捉え、データベースや過去の知見と照合して正体を突き止める可視化のプロセスは、データベースに頼り切るのではなく、実際のNMRスペクトルから直接構造を予測する熟練のスキルが、解析のスピードと精度を高めます。膨大なデータの中から、何が重要で何がノイズかを判断する「目利き」こそが、技術職員の真価が発揮されるところです。「見えるはずのものが見えない」時は、装置の変更や条件の抜本的な見直しを提案し、研究を停滞させないよう心がけています。

分析・物質技術支援室 組成分析・構造解析技術グループ

小川 直也 副技師

特定の物質を狙うターゲット解析を超え、未知の成分を網羅的に探る「ノンターゲット解析」に面白みを感じています。そのような実験においては、測定や解析のオートメーション化は不可欠ですが、自動化が進む現代でも、予期せぬエラーは発生します。デフォルト設定では得られない微量サンプルや難易度の高い解析に対し、専門的な知見から設定を最適化し、目的の実験へと導くことを念頭に置いています。教員の方は多忙で、学生は常に試行錯誤しています。その間に立ち、研究の全体像を汲み取りながらコミュニケーションを図っています。学生への指導は一方的な伝達ではなく、自身の知見を再構築する機会となっています。日々成長する学生の姿に刺激を受けるとともに、彼らの問いから新たな気づきを得ることは「教えるためには、自分が誰よりも深く知らなければならない」と自覚を生み、研鑽の動機付けにもなっています。