ユーザーインタビュー01

User

Interview

自分の頭の中で想像したことを
技術職員の方が具現化してくれました

名古屋大学大学院理学研究科
素粒子宇宙物理学専攻

三石 郁之 講師

世界初の高感度X線偏光観測衛星の開発に参加

ご存じの方もいるかと思いますが、アメリカ航空宇宙局(NASA)が2021年12月9日、X線偏光観測衛星「IXPE」の打ち上げに成功しました。このIXPEは、これまでにない高感度でX線の偏光(電磁波の偏り)観測を目指した衛星です。

実は、超新星の残がいやブラックホールなどから放たれるX線を調べることで、その天体のことを詳しく知ることができます。しかし、X線は地球の大気にさえぎられ、地上には届きません。そこで、ロケットや衛星等の飛翔体が必要になるのです。この飛翔体には、望遠鏡やセンサーなどの観測装置が搭載されています。

ブラックホール周辺の空間のゆがみ、ブラックホールに落ち込む物質の形、中性子星の強い磁場による特異な真空など、これまでとは異なる観測データが得られると期待されています。 IXPEはアメリカとイタリアによる国際プロジェクトですが、日本からも観測装置の一部を提供した理化学研究所と名古屋大学をはじめとし、20人を超える研究者や学生が協力しました。

望遠鏡を守る薄膜フィルター

名古屋大学が提供したのは「受動型熱制御薄膜フィルター」です。宇宙空間はマイナス270℃であることに加え、太陽・地球からの熱放射や自身の放射等による動的な過酷な熱環境となります。極寒と灼熱の繰り返しは、X線望遠鏡内部の反射鏡などにゆがみを生じさせ、鮮明な画像を得られなくなります。

この問題の解消を目指したのが薄膜フィルターです。薄膜フィルターを筒部分の両端に取り付け、外からの熱流入や自身の放射による熱流出を防ぎ、ヒーターと合わせ、望遠鏡内部の熱環境をコントロールしました。結果、適切な温度管理ができるようになり、観測データが安定しました。

薄膜フィルターの主要な素材はアルミで、IXPEでは厚さ50ナノメートルの薄いアルミ膜を用いています。これだけではすぐに破れてしまいますので、1マイクロメートル程度のポリイミドフィルムを敷き、ステンレスメッシュとアルミ製の土台で支持します。 2017年1月からスタートしたIXPEのミッションについては、当初、私たちが参加する予定はありませんでした。その後、私たちは採択されたミッション責任者にコンタクトを取り、独自の技術を用いて開発に貢献したいと直談判したのが参加のきっかけです。NASAなどと交渉する中で、私たちの薄膜フィルターが採用されることになり、開発がスタートしました。

円形という未知の領域に挑戦

私自身、日本のX線天文衛星「ひとみ」の薄膜フィルターの開発に携わった経験があります。今回のミッションで課題となったのは、アルミ製土台を分割せず、円形のまま搭載したいという点でした。薄膜フィルターを取り付ける望遠鏡の形状に合わせるためであり、日本のこれまでのミッションとは異なります。

以前、日米共同太陽観測ロケット実験FOXSI-3で、円形の薄膜フィルターを製作した経験はありましたが、300ミリメートルという大きさは未知の領域でした。そこで、以前から支援いただいている名古屋大学全学技術センター装置開発技術支援室に相談し、「設計」「製作」「評価」などで、全面的な協力を得ました。材料の切り出しや組み立て作業、使用する工具の選定、ネジの締め付けの力加減、評価システムに至るまで、技術職員の方ができることは多岐にわたります。

窮地を救った技術職員の技術

開発スタートから2年が経った、2019年7月、完成品としてNASAに送った薄膜フィルターが音響試験時に破損したとの連絡が来たときは、目の前が真っ暗になりました。いつまでも落ち込んでもいられませんので、すぐに装置開発技術支援室の技術職員の方と対策会議を開き、フィルターの一部に予想以上に大きな負荷がかかり、破損したことが分かりました。

すぐに技術職員の方の力を借りて設計からやり直し、試行錯誤の上、2021年1月にNASAから承認を受けることができました。破損から完成まで短時間で終えることができたのは、技術職員の方の研究者に寄り添う心と、効率的でスピード感のある作業があったからです。 また、技術職員の方々は工学について精通しており、また設計するノウハウも持っています。技術職員の方とイメージするものを一緒に考え、私の頭にあることを具現化してもらえるのは、ありがたいと思っています。

今回の薄膜フィルターは、さまざまな種類の飛翔体に使用することができます。成功したということが大きな成果であり、今後は別のX線のミッションにも流用可能です。もっと薄いフィルムを目指し、汎用性の高い製品を生み出していきます。

Technical Staff

装置開発技術支援室

大西 崇文 技師/加藤 渉 副技師

今回のミッションは、最初から異例なことばかりでした。例えば図面は、英語でインチ表記で送られてきましたので、その解読から始めなければなりませんでした。また、寸法通りにできていればいいというわけではなく、熱によって変形が生じました。そこで最初から加工手順を検証し、切削方向も縦横どちらを先に削ったのかまで調べました。

実際、そこまで質問されるケースはありませんでしたので、そのレベルの精密さを要求されるケースもあるのだと知り、さらに技術の向上に努めていきたいと考えています。

本記事は名古屋大学全学技術センターの協力により2021年度に作成されました。