吉村 文孝

技術職員インタビュー

05

育成管理課題に挑み続ける
系統維持の追究者

Yoshimura Fumitaka

名古屋大学

技師, CFA

吉村 文孝

[ 専門 ]  農学、畜産学、育種学、鳥類学、データサイエンス、教育支援、実験研究支援

■ 経歴

愛知県出身。名古屋大学大学院生時代、研究室の教員からの誘いをきっかけに技術職員となる。名古屋大学大学院生命農学研究科附属フィールド科学教育研究センター・設楽フィールドに着任時、口之島牛(くちのしまうし)やシバヤギ等の飼育、育成環境の改善に積極的に取り組み、現在は、同附属東郷フィールドにて家畜の育成に加え農学系研究室への研究支援を行っている。また、独学ながらデータサイエンスやプログラミングにも精通しており、技術職員向けの講習会で講師も担当する。

未解明の動物に感じる魅力

——— 学生時代も動物に関わっておられたのでしょうか?

はい。大学生の頃は動物(主にニワトリ)の遺伝育種を研究していました。簡単に説明すると、「ニワトリは、用途によってDNA配列も異なるのでは?」という内容です。用途、というのは例えば肉用や卵用という区別のことです。その用途により骨形態が異なっていることは明らかにできたため、ならばDNA配列も違うのだろう、それを明らかにできたらいいな、ということを研究していました。

——— 技術職員という職業を選ばれた理由をお聞きしたいです。

学生時代、研究のため設楽フィールドによく出入りしていました。ちょうど私が今後について悩んでいたとき、設楽フィールドに勤務していた私の前任の技術職員の方が退職されるとのことで、研究室の先生が声をかけてくださったことがきっかけです。当時、設楽フィールドで飼われていた口之島牛(くちのしまうし)という日本の在来牛が、遺伝的にもあまり解明されていないということにも興味を持ち応募を決めました。
しかし大学施設の利用目的変更ということで、2012年度を最後に、設楽フィールドは動物の飼育をやめ、現在は主に植物や森林、野生動物、昆虫に関連したフィールド実習の場として利用されています。このとき、口之島牛もすべて手放しましたが、手放したうちの1頭が、東山動植物園にて展示されています。

——— 現在の勤務先である東郷フィールドでの担当業務は、どのような内容なのでしょうか?

東郷フィールドでは、現在、シバヤギと黒毛和牛の育成管理を担当しています。シバヤギは、もともと東郷フィールドにいた個体群に、設楽フィールドで育てていた個体群が合流する形となりました。実は、シバヤギも口之島牛と同じく日本の在来品種で、その系統的特徴はまだまだわからないことばかりです。「(表現型)多型」のヤギが生まれるたびに、とある研究室の先生の「系統をうまく維持できるかは、飼育する者のセンスにかかっている」という言葉を思い出し、「このデータをどう扱おうかな?」と気合が入ります。また、和牛は繁殖学や遺伝学などの研究への提供を目的に飼育していますが、余剰個体の市場出荷も私の担当する業務です。教員や研究者からだけでなく一般市場からも評価を受けることになる点がおもしろくもあり、緊張もする仕事です。その他には、ヤギやウシの放牧地の管理や、冬季の飼料生産のため採草地の管理や牧草の収穫作業などのために大型機械(トラクター、油圧ショベル、スキッドステアローダーなど)の運転を行うこともあります。

多型…本来同一であるはずのものが不連続的に異なった形態を示すこと 例:異なる毛色、髭の有無、耳の形態変異、乳頭数の変異etc.

統計学に基づくデータに導かれ…世界最良水準達成!

——— 以前、技術職員向けの統計解析のセミナーで講師をされていましたが、農場の動物を育成するのに統計解析がどう関係するのでしょうか?

そもそも統計学というのは、遺伝学ととてもかかわりの深い学問で、「ともに発達してきた」と言ってもいいような存在です。今日の家畜品種は遺伝学、統計学の知識、技術を用いて作出、改良されてきた歴史を持ち、改良は今も継続しています。動物をただ「飼う」だけなら統計学や遺伝学の知識がなくても問題ないかもしれませんが、動物を「系統(特定の目的のための動物集団)として維持する」ためにはこの二つは必須の知識です。東郷フィールドの動物はすべて「実験用動物」と位置付けられていますので、「系統として維持する」必要があります。また、技術職員として私が取り組んだことの1つが、シバヤギ産子の死亡率の低減とそのための育成管理方法の改善でした。ここでも統計学を用いてヤギの状態を悪化させる要因を明らかにし、その改善を続けました(統計学の疫学的応用)。取り組みの結果、死亡率は大幅に改善され、得られる文献値との比較においては世界における最良水準を達成しています

——— 今までのフィールドにおける動物育成の方法を吉村さんが変えたということですか?

そうですね…ヤギに限って説明すると、東郷フィールドと設楽フィールドのシバヤギが合流して、一か所で飼育する数がとても増えてしまったので、昔ながらの経験と勘に頼る管理方法では対応が難しくなっていました。効率と安定を考えた結果、現代畜産的な管理方法への変更に乗り出したという感じです。実は大規模な鶏舎の管理の仕組みをモデルにしています。自分としては、特殊なことはせず、教科書通りの基本を高精度に実行した状態のつもりです。もちろん、各関係者、研究室の先生方には、事前に状況と自分の見解を説明し、賛同いただけていましたし、各種成績も数値報告しております。管理体制へのご理解だけでなく、ご助言、リクエストもいただきながら今でも少しずつ改善を続けています。
私の持っている実際の動物を対象とした育種学知識は今ではレトロなところもあり、修めている人が少ないように感じます。動物の育成において育成管理課題との戦いは永遠に続くものなので、この先の管理責任者となる技術職員にも家畜管理の基礎的原理や現場対応を説明していく責任も感じています。

尽きぬ好奇心を次のステージへ

——— 技術職員として、今後やってみたいことや思い描いていることがあれば教えてください。

個人的なことですと、博士号の取得ですね。学生時代は、博士を取ることを目標にしていたので、まだ取得していないことに少しモヤモヤしています。少し時間はかかるでしょうが、技術職員をしながら、なんとしても論文を書き上げたいです。
業務としては、もし叶うならば今と全く異なる分野にチャレンジしてみたいです。安定状況になりつつある家畜管理に従事する現在の業務も楽しいですが、思い返すと入職初期のころの「問題点すらよくわからない状況の中、やり方を模索して仕事を進める日々」というのは、非常にやりがいがあったように思います。うまくいかず悩んでいる間は地獄かと思えるくらい苦しいことが多くても、その中で熟考し、新たな発見があることに楽しさを見出せていたのでしょうね。

[本記事内容は2024年度に取材したものです]